バイロイト祝祭劇場〜ワーグナー音楽の殿堂

 毎年7月下旬から一ヶ月間、ドイツの小都市バイロイトではワーグナー音楽の祭典「バイロイト音楽祭」が開催されます。

 その音楽祭の構想は、1871年にワーグナー自身がバイロイトに劇場をつくり、そこで「ニーベルングの指環」を自らの手で理想的に上演することを発表したことから始まります。

 以前からワーグナーは、当時の産業社会の腐敗を指摘し、その状態を変えるには革命が必要であると述べ、そのためには従来の特権階級の娯楽としてではない、革命的な芸術が必要であると考えていました。そのような考えのもと出来上がったのが「ニーベルングの指環」だったのです。

 当初ワーグナーはこの作品を上演するに当たっては、革命の戦いの廃墟のあと、掘立小屋の劇場に、最適の歌手を集め、入場無料で自作を三回上演し、そのあと劇場をとりこわして終わりにして、革命に参加した人々にこの革命の最も高貴な意味を教えたいと願っていました。そのためには観客すらも全く新しい精神的態度をもって作品を受けとってくれなければならないとします。

 こういった考えに基づいて計画を熟成させていった結果、ワーグナーはバイロイトでの「ニーベルングの指環」上演のために建設される劇場についても、次のように早くから構想を練っています。

 ・現代の劇場制度は絶望的状況にある。劇場の理想とは、どこかあまり大きくない都市に古代ローマの円形劇場式の祭典劇場を作り、そこで特別に呼び寄せられた芸術家たちが一つの様式と一つの課題のためにだけ取組むということである。また、劇上演にあたってはオーケストラを観客から見えないようにしたほうがよい。
                                   (1863年「ニーベルングの指環」台本の序文の要約)

 ・劇場は一時的なもので、建設費はできるだけ節約する。崩壊しないだけの堅固さがあればよく、装飾などは一切避ける。機会仕掛けや舞台装置は劇の表現に重要であり、その目的に沿った理想的、完全なものにする。一時的なものでは不可。節約する必要はない。歌手や音楽家は「報酬」を得るのではなく、「損害賠償」を得るのである。出演を名誉と考えず、熱心さを持たずに来るものはお断りである。
                       (1872年バイロイト市代表委員会議長フォイスルに宛てた手紙の要旨)

 ・舞台機構を完全にするために最大の次元をもつ舞台空間が必要である。このような舞台は客席から見える空間の三倍の高さが必要である。なぜなら製作された舞台装置全体が下へ沈み落とされたり、また上へ引上げられたりする必要があるからである。また従来の歌劇場に見られる装飾物や付属物は直接の目的には不必要なものとして取り除かなければない。その結果われわれの劇場は一個の緊急仮建築物のようなきわめて素朴な単純さを持つ外観となる。
                                    (1873年バイロイト後援者委員会での演説の要旨)


 以上のようなことからもワーグナーが理想とした劇場とは、無駄なものを排除し、必要なものは徹底的にこだわるというもので、従来の華やかさを誇った歌劇場とは一線を画すものでした。

 このような劇場構想はワーグナーのそれまでの劇場体験から得られたものです。

 とくにワーグナーが参考にしたのが1837〜1838年まで楽長を務めたリガの劇場でした。その劇場の客席が後方に向かって古代ローマの円形劇場のように急傾斜に上りかつ広がっている点や、上演中に客席を暗くしている点、オーケストラピットがかなり深く沈んでいる点は、観客の視線を劇に集中させるのに効果的であったのです。

 また、1839年にパリの音楽会で、たまたまオーケストラの音を一枚の板で隔てられた状態で聴いたとき、そこから聞こえる音が、普通と違った柔らかくくすんだ響きであることに驚かされ、こうした音響を劇場に生かしたいと考えます。

 このようにリガの劇場での体験とパリの音楽会での体験から、ワーグナーは自身の劇場に円形劇場式の客席を設けることにし、オーケストラピットは板に覆われて観客からは見えなくし、しかもその板により柔らかい理想的な音響を作り出すことを考え出した結果、上記のような劇場構想へと発展していったのです。

 かくして1875年バイロイト祝祭劇場は完成します。

 ワーグナーは「ラインの黄金」前奏曲を演奏させ、板で覆われたオーケストラピットから聞こえてくる音響をチェックします。そしてその感想は「これこそ私が欲した音なのだ。もはや金管楽器はそんなに荒々しくは響かない。}というものでした。

 以後バイロイト祝祭劇場の名はその特異な構造とともに世界に知れ渡り、第二次世界大戦の被害からも免れ、今日までワーグナー音楽の殿堂として世界中のワグネリアンの憧れの場所となっています。

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