ワーグナーコンサート感想記

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地方都市岡山に住んでいるため、めったにワーグナーのコンサートに
行けるわけではないですが、年に何回かの公演には
日帰りでもいいから行きたい!と思っている今日この頃です。
そんなわけで、実際行った数少ないコンサートの記憶だけは留めておこうと
感想を書いていくことに致しました。
あくまで自己満足で行っていることなので、
適当に読み流してやってください。
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2005年11月11日
パルジファル
(日生劇場)
竹田昌弘 (パルジファル)/木川田 澄(グルネマンツ)
小山 由美(クンドリ)/福島 明也(アンフォルタス)
島村 武男(クリングゾール)/ 高橋 啓三(ティトゥレル)
指揮:飯森 泰次郎
管弦楽:東京シティフィルハーモニー管弦楽団
演出:鈴木 敬介
| 飯森泰次郎のオーケストラル・オペラを初めて見に行きました。飯森氏はバイロイトでも長年アシスタントとしてスタッフに加わっていたとのことなので、どんなワーグナーを聴かせてくれるのかということとオーケストラがかなり見える舞台でのワーグナーはどうだろうという興味を持って聴きました。 冒頭から一音一音がとても意義深い音でした。序盤はオーケストラの技術的な問題が耳につく場面も多々ありましたが、それも次第になくなり、冒頭から素晴らしいと思っていた演奏はパルジファルの登場の辺りからさらにどっしりとした粘りのある音質を聴かせてくれるようになりました。聖杯の儀式の天上の合唱はその場の雰囲気を一変させる美しさで、観客席の静けさとともにしっかり宗教的雰囲気を満喫することができました。アンフォルタスの苦悩では一転して歌詞の内容に沿った劇的なテンポ変動で熱を帯びたかと思うと再び神聖な音楽に移り変わり、それらの流れがとても自然で音楽の大きな流れを非常に良く掴んでいると思いました。第二幕でもその好調さは続き、クリングゾールの見事な歌唱も印象的でしたが、その後もしっかりとした音楽で劇的内容を描いて見せたオーケストラと飯森氏の表現が一番印象的でした。第三幕も冒頭から非常に深い音色で引きつけられました。聖金曜日の音楽は若干テンポを速めていましたが、それが清々しさを逆に引き出していました。木管の美しさも印象的でした。そして幕切れの最後の一音に至るまでの見事な音楽の流れと細やかな表現で心は満ち足りた心でいっぱいになりました。 奇をてらうことのないどっしりとした演奏で、ワーグナーの音楽を存分に語らせていたと思います。この前の新国立劇場のレックの指揮とは比べ物にならないほど素晴らしい出来で、この公演の一番の立役者だと思います。 歌手はグルネマンツの木川田氏とクリングゾールの島村氏が素晴らしかったです。木川田氏のグルネマンツは人間的な暖かみの感じられるもので、安定感もあり安心して聴くことができました。一幕の場面転換で台詞が止まったりして、おやっと思う点もありましたが、うまく乗り切ったのでそれほど気になりませんでした。クリングゾールの島村氏は特徴のある彫りの深い歌声が印象的でした。衣装も派手でしたが、声の存在感も十分でもっと歌声が聴きたかったです。 その他ではクンドリの小山氏は前回のマグダレーネは素晴らしかったのですが、今回の役は少し声質が合っていなかったように思いました。全然悪くない出来だったのですが、もう少し低音の表現が充実していればクンドリの二面性も十分に発揮できたのではないかと思いました。これは声質の問題だとは思うのですが。パルジファルの竹田氏も同様で少し声が明るいかなと思いました。あと振り付けのせいかもしれませんが、パルジファルとクンドリの演技が大袈裟で不自然な感じが全幕通して感じられました。しかしフィナーレは歌声全開で凛々しいパルジファルで締めくくってくれました。アンフォルタスの福島氏の出来があまり良くなかったように感じました。 オーケストラルオペラという形式は慣れてないせいか、どうしてもオーケストラの照明や演奏の方にも目が行ってしまったり、オーケストラの音が大きくなりすぎる箇所もあったので、自分としてはやはり普通の舞台形式の方が好きです。 しかし今回の公演はとにかく飯森氏の表現が見事で、ワーグナーの音楽にどっぷりと浸ることができたので、大満足の公演でした。 |
2005年9月14日
ニュルンベルクのマイスタージンガー
(新国立劇場)
ペーター・ウェーバー(ザックス)/リチャード・ブルナー(ヴァルター)
アニヤ・ハルテロス(エヴァ)/マーティン・ガントナー(ベックメッサー)
吉田浩之(ダーヴィット)/ 小山由美(マグダレーネ)
ハンス・チャマー(ポーグナー)
指揮:ステファン・アントン・レック
管弦楽:東京フィルハーモニー管弦楽団
演出:ベルント・ヴァイクル
| 私自身初めてのマイスタージンガー全曲公演で、しかも新国立劇場の今シーズンの初日ということで期待をもって観に行きましたが、見事にそれは裏切られてしまいました。 その一番の原因はアントン・レックの指揮です。特に一幕と二幕に関してはワーグナーの魅力が完全に殺ぎ落とされていました。序曲からやたらとレガートを多用し、堂々とした感じも全くなく、さらに中盤では不自然にテンポを落とし流れを止めていました。いきなり最初からこれは期待できないなと思いましたが、その予感は的中しました。一幕の最後でも迫力不足で、しかも音が盛り上がるところでもワーグナー特有のうねりを全く感じることのできない、明るく平面的な音でがっかりでした。一幕の最後はワーグナーのうねりを発揮するには最適の箇所なのですが、本当にがっかりでした。 二幕も冒頭の合唱から締まりのないレガートで流していき、ニワトコのモノローグの味わい深い序奏もあっさりと進められ味わう暇もありませんでした。さらに夜警が歌う箇所は夜を優しく包み込むような美しさを期待していたのですが、品のない不安定で武骨な歌唱でした。さらに殴り合いの場も全く平面的でワーグナーを演奏しているとは思えませんでした。合唱は素晴らしいのですが、それを生かしきれないのがもったいなく感じました。 三幕はまだ良かったのですが、これは指揮というよりも音楽自体の持つ力で乗り切ったとしか思えません。後は合唱の素晴らしさも大きな助けになったと思います。 演出は平凡なもので、特に言うことはありませんでした。最後に「芸術と自然」というドイツ語の垂れ幕が出て、それも民衆が賛美して終わったので、自然というのが今回の演出の意図だったのかなと思いますが、ニュルンベルクの家が板張りの木造だった以外はとくに自然環境などを意識した場面はなく、いきなり最後に自然ということを持ち出されても唐突な感じがしました。 今回良かったのは一部の歌手です。特にヴァルターのブルナーとエヴァのハルテロスは素晴らしい出来でした。ブルナーはケルルの代役でしたが、そんなことを感じさせないできでした。一幕の最初は力をセーブしていた感じでしたが、後は全開で声量も十分で、若々しさや美しさも兼ね備えておりヴァルターには適している声でした。一方のハルテロスは今回最も印象に残った歌手でした。館内に圧倒的な歌声を響かせ、かつ常に品のある表現で魅了しました。三幕の五重唱や一幕のヴァルターとの二重唱は特に素晴らしかったです。ベックメッサーのガントナーも良かったです。キャラクターテノールに適した声で、しかも安定した歌唱と声量で安心して観ることが出来ました。あとはウェーバーのザックスは少し弱いと感じましたが健闘していましたし、マグダレーネの小山由美も良かったです。ダーヴィットの吉田浩之は声も声量も程よいのですが、表現力が物足りませんでした。三幕冒頭のヨハネ祭の歌も、指揮のせいもあるとは思いますがもうすこし奥深い表現で歌って欲しかったです。同じことがチャマーのポーグナーにも言え、もう少し感情を表現して欲しかったです。 合唱は相変わらず良かったです。特に「目覚めよ」は最高でした。なんと崇高な歌声かとあらためてワーグナーの偉大さを思い知らされました。さらに最後の盛り上がりも合唱の力に依るところが大きかったと思います。 全体としては歌手と合唱には満足できたものの、その他が悪く、満足できる内容ではありませんでした。 |
2005年5月21日
タンホイザー
(尼崎アルカイックホール)
根木 滋(タンホイザー)/畑田 弘美(エリーザベト)
藤村 匡人(ヴォルフラム)/木川田 澄(ヘルマン)
福原 寿美枝(ヴェーヌス)
指揮:大橋 秀也
管弦楽:京都市交響楽団
演出:鈴木 敬介
| 久々に観るワーグナーのオペラということで楽しみにして行きました。下述の新国立劇場の「神々の黄昏」以来だったので本当に久し振りでした。席も二階席ながら中央に座れストレスなく観ることができました。もっとも隣りのおじさんが眠さを紛らわすために相当ゴソゴソ動いてそのたびにビニールの服が擦れる音がして耳障りでしたが。
序曲から弦楽器の滑らかでロマンティックな豊潤な音に魅了されました。これはこの演奏全体を通して感じたことで、歌手にもゆったりと歌わすことにより時折はっとする美しさを感じさせました。二幕のエリーザベトとタンホイザーの二重唱におけるエリーザベトや三幕の夕星の歌などは美しい伴奏に耳を惹かれました。ただ物語の節目節目のクライマックスでの表現がおとなしかったように感じました。ティンパニーの音などが特におとなしく同じように聞こえたので、もう少しメリハリをつけても良かったように思いました。 幕が上がると舞台に集中しましたが、演出はオーソドックスなものだったので、安心して楽しめました。タンホイザーの根木氏はリリカルな声質でしたが、低音の輝きがいいと感じました。タンホイザーといえばどちらかと言うと重い声質のテノールが演ずることが多いので表現が難しかったとは思いますが、三幕はローマ語りの前のヴォルフラムとのやり取りの場面をはじめ、とても劇的な緊迫感が溢れていて良かったと思います。この歌唱を二幕の終わりの場面でも見せてくれていれば最高だったのになぁと思いました。 二幕の終わりといえば、一番最後に合唱がとても美しい天上の声を歌いますが、関西二期会の合唱団は今回の舞台の最大の見ものでした。昨年の「神々の黄昏」や数年前の新国立劇場こけら落とし公演の「ローエングリン」でも感じたことですが日本の合唱団は本当にレヴェルが高いように思います。迫力、美しさ、バランスなど全く文句ありませんでした。 合唱と並んで素晴らしかったのがヴェーヌスの福原氏です。そのドラマティックな声は全歌手の中でも一番で会場全体に突き抜けていました。その声質も深みがあり、とても風格が漂っていました。出番が少なかったのがもったいなかったです。 ヘルマンの木川田氏もなかなか威厳あるヘルマンで満足できましたし、畑田氏のエリーザベトもところどころに粗さがあったものの、聴かせるところはしっかりと聴かせてくれました。 このように総じて十分に素晴らしい出来で、満足できたのですが、最後のフィナーレだけは納得いきませんでした。エリーザベトの亡骸も出ないし、緑が生えた杖も出てこず、最後の最後で肩透かしをくらいました。タンホイザーの初演時もエリーザベトの亡骸を出さず分かりづらかったということでしたが、いくら今回もドレスデン版とはいえ何か工夫が欲しかったです。オーソドックスな演出で安心できたのですが、もうすこし物語をより印象付けるような味付けがあってもよかったです。 とはいえ全体的には期待以上の出来で、満足して帰ることができました。自分としては今回の公演の一番のクライマックスは二幕の最後に天上から聴こえてくる合唱で、オーケストラが盛り上げておいてティンパニが最後の一音を鳴らした途端、静かになり合唱がどこからともなく神々しく響いてくる場面が最高の瞬間でした。 |
2004年4月4日
神々の黄昏
(新国立劇場)
クリスティアン・フランツ(ジークフリート)/スーザン・ブロック(ブリュンヒルデ)
オスカー・ヒッレブラント(アルベリヒ)/ローマン・トレーケル(グンター)
長谷川顯(ハーゲン)/蔵野蘭子(グートルーネ)
藤村美穂子(ヴァルトラウテ)
指揮:準メルクル
管弦楽:NHK交響楽団
演出:キース・ウォーナー
| いよいよ4年間の集大成となる新国立劇場の「ニーベルングの指環」の最終作ということで、期待して見に行きました。昨年は会社を辞めて東京から岡山へUターンするとかで、ドタバタして「ジークフリート」を見逃してしまいました。そのため、今回の演出でも「ジークフリート」から繋がっているものについては、見逃してしまっているかもしれません。 正直「ラインの黄金」「ワルキューレ」では、メルクルの指揮にがっかりしていたので、今回も音楽面よりも演出を楽しみにしていきました。一幕冒頭に出てきた白い十字型の空飛ぶ物体やギービヒ家の館の背後に映写されていたローストチキンのような写真は最後まで意味が分かりませんでしたが、私なりに理解できた点も幾つかありました。 まずはギービヒ家の館が「ラインの黄金」で登場したワルハラ城と同じである点です。「ラインの黄金」では天上界とニーベルハイムも共にパズルのピースをくり抜いたような舞台で、しかもその形は同じでただ上下が逆さまなだけでした。自己の権力に固執する両者は、神々とニーベルング族という出自の差はあれ、結局は同じ者同士ということなのでしょう。 病院のような雰囲気の、このギービヒの館は先の方が狭まっており、そこが開いたり閉まったりします。最初は良く分かりませんでしたが、どうもこれはハーゲンの罠と関係があるようで、ジークフリートが忘れ薬を飲まされ、ブリュンヒルデもそのことに気付かない間はずっと閉まったままでした。ふたりはハーゲンの罠にはめられそこから抜け出せない状態になっていたということでしょうか。これが開くのはジークフリートがブリュンヒルデのことを思い出すものの、ハーゲンに槍で刺されてしまう場面になってからです。開いた先にはブリュンヒルデの姿が見え、ジークフリートはそれを追って瀕死の身で必死にその出口に行こうとしますが、ついに途中で力尽き死んでしまいます。しかもその三角形の館の中央に倒れているジークフリートを照明が一筋の光で照らすと、その形状はまるで大きな槍のように見え、まるでジークフリートがその大きな槍に突き刺されたようにも見えました。これはウォータンの槍と関係があるのでしょうか。私にはそのように見えました。 そして、幕切れは「ラインの黄金」で盗まれたパズルのピースを元に戻すと、すべてが無に帰します。すると映写機を客席に向けてセットした現代人たちがそれをみているかのような仕草で幕が下りるというものでした。これはどういうことなのでしょうか。指環の物語を写していたスクリーンが客席だったということは、この作品が投げかけている問題は、我々現代人の問題ですよということを表現しているのでしょうか。 それともこれまでの演出でもたびたびフィルムが絡まって修復不能状態になっていたことを考えると、指環が戻ったことでようやくそのフィルムも元通りに見られるようになったということなのでしょうか。 私個人としては、最初にのべたような意図であったほうが好みです。 音楽面では期待をいい意味で裏切ってくれて、メルクルの演奏がこれまでで最高に良かったです。N響もとても熱がこもっていて、迫力と同時に鋭さも兼ね備えていました。この熱演にプラスアルファの力を与えていたのが、合唱でした。ここまで力強くしかも大変整っている合唱はあまり聴いたことがありません。この前きたベルリン国立歌劇場の時でもそんなに感銘は受けなかったことを考えると、日本の合唱団がここまで出来るというのは驚きでした。お陰で二幕は本当に最高だったと思います。 歌手ではフランツとブロックの両主役の出来が目立ってました。フランツはこれまで何度か聴いたことはありますが、今回が一番良かったです。変な力みや歌い崩しがいつもは気に入らなかったのですが、今回はとても自然な歌唱で声も力強くよく通って、現代を代表するヘルデン・テノールといわれていることがようやく分かりました。ブロックは「ワルキューレ」のジークリンデの時も素晴らしかった記憶がありますが、今回はブリュンヒルデというドラマテッィクな役柄に瑞々しさを加味した歌唱でした。声もオーケストラに負けることなく声量充分で最後まで安心して聴くことができました。その他の歌手もとても安定していて、不満に感じることはありませんでした。 このように総合的には、かなり満足のできる公演でした。しかし今回で指環は終わりということで、サイクル再演もされないようですが、とても残念です。せめてBSとかで全4作を通しで放映して欲しいものです。 |